重信は、これを機に兼業の青果物業を一切やめ、ワイン専業に切りかえる決心をし、「タケダワイナリー」という新社名と、本格的ワイン醸造所としての新工場の青写真を残し、単身ヨーロッパに渡ります。ワイン用の醸造機械の買いつけが一番の目的でしたが、重信にはもうひとつの目的があったのでした。それは、フランスボルドーの一級シャトーの土壌を調査することです。
帰国した後これを解析、火山灰の粘土質酸性土壌というヨーロッパ系ぶどうヴィニフェラ種には適さない日本の土壌の性質を見据え、自社畑の土壌改良に着手します。数年後には、タケダワイナリーの土地は、中性からアルカリ性のぶどう栽培に適した土壌に変わっています。その方法は、土を入れ替えたわけでもありませんし、当時最新の化学肥料を使う方法でももちろんありません。もっと土の本質に根差した有機的な方法を用いたものでした。
この土壌改良のおかげで、カベルネ・ソービニョン種、メルロ種やシャルドネ種の栽培に次々と成功、着手した20年後には、やっと学生時代に夢見た「ブドー酒」が出来あがったのでした。念願のワインには、「シャトー」を冠し、「シャトー・タケダ」としたのです。1990年のことでした。