タケダワイナリーの歴史

蔵王連峰のふもと、山形県かみのやま温泉からほど遠くない、東南斜面に約15ヘクタールにおよぶ自家農園をもつ、タケダワイナリーの歴史は大正時代にさかのぼります。
タケダワイナリーのオーナー武田家の祖先は、もともと山形市沖の原の大地主でした。そこから家系は枝分かれしてゆき、現在の社長は五代目にあたります。

そのファミリーの三代目の重三郎は、これからの商品作物としてぶどうにいち早く着目し、その栽培に適した土地を探し求めたのでした。ようやく、この上山に東南向きの日当たりの良い土地を見出し、ぶどうを約5ヘクタール植えつけます。
そして、1920年(大正9年)、当時としては、画期的なワイン(ブドー酒)を作り始めるのです。そのワイン工場こそが、タケダワイナリーの前身となる「武田食品工場」なのです。
武田食品工場のワインは「金星ブドー酒」と名乗っていましたが、まだまだワインの需要の小さい時代のこと、そればかりを生業とはできず、青果物商も兼業しておりました。そのころ、四代目で現社長の父である重信が生まれるのです。多くの果物が目の前で流通され、また自分の土地では毎年しっかりしたぶどうが実り、それを「ブドー酒」にする・・・、そのような環境で重信は育ってゆきます。